amazonの値上げは、いかにも独占企業らしい振る舞いだよね。1)最初のうちは、赤字でもとにかく自社サーヴィスを普及させていく。2)市場でドミナントになる頃には、抱え込んだ大量のユーザーを広告主に売りつける。3)そして、競争相手を駆逐してユーザーの逃げ場が無くなったところで、遠慮なくユーザーを搾取にかかる。youtubeなども辿ってきた道であり、一極優位が危険である所以だ。
だから、トップ企業の独走/独占を避けるために、第二、第三の対抗的サーヴィスも使っていくのが良い。実際、私はamazonを極力使わないようにしているし、twitterから脱出してきたのも同じような理屈だ。
ただし、これはマクロレベルではひとまず正しそうな一つの理屈だが、私たち個々人がそうすべきだと結論できるかというと、うーん、そこは難しい。というのは、上記の理屈のままだと、「独占を避けるために、お前たちは、トップランナーの最良の条件のサーヴィスを使うのではなく、それよりも悪い条件のサーヴィスを使うべきだ」、つまり、「市場の調整のために、今のお前たちはあえて目先の不利益を甘受すべきだ」という全体主義的な発想になってしまうからだ。それはそれで危ないように思える。
だから、「純粋な市場(競争)任せ」だけではなく、「個人の道徳的行動」のみを頼りにするのでもなく、一定の法的規制によって枠組づけるという第三の選択肢が、やはり必要になってくる。つまり、ある程度の公平な競争が維持され、また、消費者が過度に不利益を受けることが無いような、最低限度の基準を設けることは、どこかで必要になってくるだろう。労働法しかり、最近だとおそらくAIの経済的-倫理的な規制についても、同じ局面になっていくだろう。