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今日一冊百円で買った本。

神奈川の反天ヒノキミ集会行くつもりだったんですけど明日と勘違いしてました😇

秋田の寒村農家の出身でごく若い頃から出稼ぎ労働者として過ごした野添憲治という人のルポ『出稼ぎ』が古本屋で百円で売られていたので読んだ。
国家レベルの労働趨勢分析とは出発点の異なるもので、日記をもとにしているのだろうがとても詳細で面白く読んだ。大都市の日雇運動に沿って発展した運動の中などでも出稼ぎ当事者の語りは少なからず行われてきたのではないかなと思うが、農村から他地方の林業に従事したという話はあまり読んだことがなかった。明治期から戦後日本の農村(減反)政策に伴う日雇い労働者の排出経緯や当事者を取り巻く環境の年代による変遷など、巻末の背景解説も非常に詳しくて良かった。
日本ゼネコンの下請け構造もまたこれを利用しながら出来上がったと野添憲治は言う。

生活のための出稼ぎが必要であった比較的貧しい家となると地域史などでも埋もれがちなのではないのかなと思ったし、各地でこのような歴史に関心を持って記録するような取り組みがあるのなら地方を訪ねたときには公的図書館等でそういう発行物も探してみたいなと思った。聞き書きを行うにしてもそろそろタイムリミットが近づいているだろうなとも思う。

一時的にしろ、生まれた土地を出て行(かざるを得なか)った人たちの話というのも地域の多様性だと思うし、このような歴史が地域で認識されるとしたらIターン就農等で地方に根づこうとする国内及び海外からの新規移住者を受け入れる素地になるのではないだろうか。

この著者は現在も文庫で入手できる『花岡事件の人たち』などによって出身地秋田における中国人および朝鮮人連行と強制労働の実態の追及などを行った人でもある。私の読みたい本はどれもこれもなんだか知らないけど絶版でもそれほど高価でないから助かる。

私の母方の祖父は佐渡で分家筋から無人になった本家を継いだという人なのだが、農閑期には東京に出稼ぎに行っていたと聞きましたね。神保町で古本を買い漁って帰ってくるのだと。
これとは全く関係がないはずだけど神保町の本屋はなぜか新潟出身者が開いた店が多いと聞きます。
そしてこれも不思議な経歴だが、祖父はこの辺りにある理科系の大学を出ている。どういうわけだか知らないが、なかなかアンハートフルで心理的繋がりのごく薄い家庭だったのでこの辺りの経緯を直接聞けるような距離感ではない。孫としては可愛がってもらったと思う。

佐渡は北部には金山があって歴史的に島外からの出稼ぎ者も多かっただろうし南部は北前船で交易が多く、掘ればなかなか面白い話があるだろうと思うのでできることなら大学院とか行って移住していろいろ調べたいような気もしますが、当面は無理ですね。そもそも学部を出てないし。

中国に関しては中国の出稼ぎ労働者「農民工」とかれらの国内移動、農民工を多く輩出する地域の意識調査などの調査レポート、ネット社会化以降にも出稼ぎという就労スタイルが広く行われていることから当事者の語りもけっこう目につくところに出てきてネットでもよく読めるのだが、日本の「出稼ぎ」当事者側の記録という方面は私がこれまで調べてこなかったということもあるけどちょっとどんな本が出ているのかわからないからこれから関連書籍を漁ってみようかなと思っています。

Salamander(JP)

現在「 」でも問題にされている農家の現金収入の少なさという問題はこの本で理解できるように明治期以降(それ以前は原則自由な移住が不可とされたため出稼ぎ者の実数はごく少なかった)ずっと続いてきた日本の政策下の農家の経済環境を抜きにして語れないものであるし、この農家の次男三男、そしてもちろん女工や遊女として家に賃金を送りさえした娘たち、ときには家族総出で必要とされた「出稼ぎ」の安価な労働力をもとに作られていった日本の「経済発展」とも関係のあるものだろうと思う。

都内に実家があるのだが両親は共働き(両親共にホワイトカラーである。現代の農家は転職が許されており、農業が割に合わないと思ったらどんどん転職しているのだ。とどのつまり、これによって食料供給が滞れば困るのは消費者なのだ。転職の自由がある限り生産者は経済的には困らない。)なので中学校くらいまで夏と冬の長期休暇には丸ごと佐渡に預けられるが適当に放っておかれるのでその間ずっと磯遊びや虫取りなどの危険な一人遊びをしており、この自分の経歴はなんとなく中国農民工の「留守児童」にも近い部分があったような気がしている。

数年前に山歩きスキルを鍛えようと思って都会のクライミングジムに通ってみたところクライミングのセンスがそこそこあることが判明したのだが(最近は行ってない)、あれはどう考えても海岸の岩場の岩(佐渡は火山活動でできたので能登半島とは成り立ち、地質が異なります)をよじ登って遊んでたからなんですよね。マジで危ないね。