これは全員よんだ方が良いと思う。
https://james1983.com/2023/08/06/soldiers-vs-humans/
「よくあるサブ戦線」
この身も蓋もなさ
>全体の構図としては、単純に、火事場泥棒よろしく、欧州の戦乱に物資も最新兵器も人間も集中した結果、軍事的な真空が出来た東南アジアに進攻して、戦意もなく旧式兵器ばかりな上に、戦闘に際しては素人以下の文官あがりの将校に率いられた植民地軍を相手に「破竹の快進撃」を続けていた日本軍が、正面に登場しはじめた正規軍の登場によって、あっというまに押し返されていった、という、よくあるサブ戦線の模式図
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満洲作戦以来の日本軍の、いわば「癖」で、若い女をみれば物陰に連れ込んで班員全員で強姦し、生かしておくと行政府に訴えられたりすると面倒なので、殺してしまう。
戦後ながく、というよりも、いまでも、日本の男のひとたちの基本的なイメージが、綺麗事ばかり述べて、現実には女とみれば強姦することしか考えない卑劣な人間になっているのは、このことの兵士たちの姿が原像になっている。
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来客相手に、そんな話をするわけがない、と、日本では表面を取り繕うだけの付き合いが多いのか、おめでたい人が現れて閉口したことがあったが、
多文化社会のニュージーランドに住んでいると、いろいろな国から移民してきた人たちの家に招かれて話をする機会があるが、わしとモニが日本に滞在していたことを知ると、奥の部屋から、「家族の歴史のアルバム」を取りだしてきて、
この叔父は日本軍に処刑された、この美しい叔母は、結婚式の前日に日本兵達の集団強姦にあって殺されました、と述べる人がおおくて、モニとふたりで驚いたことがある。
アジアの人に限らなかったようで、オランダの人で、豪華な製本の自家製本で自分たちの家族史をつくっていた人は、大叔母にあたるひとたちが姉妹でオランダの日本施政下で兵士たちに強姦されて殺害されたと述べて、いまでも日本人は好きになれないと言いながら、まだ子供の面影を残した、ふたりの若い女の人の肖像を指し示して、モニさんが涙ぐんでいたことがあった。
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この経済政策の判で捺したような失敗と、食料を強奪に出かけて、ついでのように若い女たちを強姦してあるく日本軍兵士の姿は、やがて、まるで神の怒りのような鉄槌となって、日本軍自身に返ってきます。
フィリピンのレイテ島で作戦行動する日本軍は、なぜ最後まで、なにもランドマークがないジャングルのなかの行軍で、アメリカ空軍が隊列にむかって精確に爆撃と機銃射撃を加えてくるのか、理解できなかった。
なにしろ、まるで闇夜でも目が見える人のように、どんなに欺瞞行動を繰り返しても、精確な位置に爆撃や艦砲射撃を加えてくる。
読んでいて、あれだけのことをやっておきながら、自分たちの行動が、地域地域の住民達の自発的通報によって米軍に常に把握されていたのだと気が付かなかったところが、強姦や殺人くらいでは罪の意識を持たない日本の人らしくて、笑っていい話ではないが、やはり可笑しさがこみ上げてくる。
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敗軍と見なされれば補給も援軍もいっさい断たれて、計画さえ立ててもらえなくなった現地軍に与えられたのは、ちょうど、いまの「アベノミクス」に似てるかな?
広告代理店業が請け負ってつくった「玉砕」というフレーズで装飾された「軍隊ごと自殺する権利」でした。
四面楚歌どころか、自分たちの非人間的な行動によって、四周360度、すべて敵になっていた各地の日本軍は、本国からは「もう要らなくなった道具」として打ち捨てられて、土地土地で、ただ必死に食料を強奪して飢えをしのぐ、盗賊団となって生きていこうとして、たいていの場合は地元民の山狩りにあって殺された経緯は、後の横井庄一や小野田寛郎の証言によって、詳細までわかっている。
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このころになると、薄々、戦地諜報においての日本軍の圧倒的に不利な状況は、どうやら現地人に憎まれた結果らしい、と気付いた日本軍は、
「沖縄弁で話す人間は全員米軍のスパイとみなせ」という命令をまず発効します。
標準語を話さない人間は、即座に殺してよい、というルールをつくった。
あらためて言葉にされてみて、筆舌に尽くし難いほどに、酷いな…
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やがて、琉球人が呆れてものも言えない気持ちにさせられたことには、撃ちてし止まん、一億総玉砕、沖縄県民も皇国総突撃の栄誉に連なるべき、と勇ましく述べて、自分たちを範にせよ、と述べていた「本土人」たちが、いざ沖縄が落ちて、米軍の本土上陸が目の前の現実になると、手のひらを返したように、
あっさり手をあげて、無条件降伏してしまう。
しかも、ちゃんと本土人らしいオマケがついていて、聞いてみると、沖縄だけは、天皇陛下の提案によって、米軍の基地として、島、まるごとアメリカ軍に献上されることになっていました。
言葉もない…
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沖縄戦後、60年が過ぎた2006年に、ぼくが沖縄を訪ねたときでさえ、二階の居酒屋で、芸術家や政治家の沖縄人が集まって、久米仙をガブガブ飲みながら、「日本人は、許せない」という意味のことを言い合っていたようでした。
考えが足りない質問が得意なぼくが、「アメリカのほうがよかったですか?」とバカなことを訊くと、怒りもせずに、「いや、アメリカは、もっとひどい。日本のほうがまだマシです。アメリカは地獄だよ」と、やや日本語として用法が正しくないことを述べていたのをおぼえている。
もちろん、「アメリカの占領時代の沖縄は地獄だよ」というのを久米仙パワーで端折ったのでしょう。
その何度も何度も「おにーさん、アメリカ人じゃないんだよね?
よかった、アメリカ人じゃなくて、ほんとうに、よかった」と、代わる代わるやってきては、みなで祈祷文のように繰り返された夜は、一生、忘れられないものになりました。
沖縄の人にとってのアメリカ人のイメージは、日本軍に対するアジアのひとたちのものには遠く及ばないにしても、やはり強姦と、相手の人間性など認めない殺傷で、
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ここから見ると、日本全体が沖縄にしかみえない。
伊江島について、いみじくも言われた通り、アメリカにとっては、もともと日本全体が、
アメリカ軍の「不沈空母」で、修理や、比較的簡単に工作できる部品(例:増槽タンク)が出来る程度の工業力があって、本国から援助をしなくても自活して、自律的に機能できる基地として、アメリカ軍は日本全体を軍事基地化しようという構想を持っていた。
日本を「民主化」する方法も、驚くべし、ホワイトハウスには何の相談もなく、日本駐留軍が、勝手に策定してしまったのも、日本は米軍基地である、という暗黙の了解が両者にあったからでしょう。
沖縄を自分の問題として考えることは、だから、日本にとっては、日本とアメリカの関係、ひいては「日本の未来」を考えるための、最も頼りになる、しかも最短の経路であるように思えます。
上皇夫妻は、若いときに昭和天皇と深刻な家庭争議をもったことがある。
そんなことを言うなら天皇になどならない、とまで上皇に言わせたのは、沖縄二紙の購読についてでした。
若い上皇は、帝王家の人間の勘で、沖縄こそが日本なのだと、知っていたのかも知れません。